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第38回 日本安全保障貿易学会 研究大会終了



  日本安全保障貿易学会第38回研究大会は、78名の参加者を得て2024年9月8日(日)に慶應義塾大学にて開催された。午前の自由論題セッションにて1件、午後のテーマセッション1、2にてそれぞれ3件の報告をいただいた。今回は初のハイブリッド方式での大会となり、テーマセッション1のうち2件の報告がオンラインで行われた。


■自由論題セッションは1氏からご報告いただいた。

  1. (1)石原 明徳氏より「1950年代の台湾向け魚雷艇移転とその背景について」として、日本政府が積極的に介入しない状況で戦闘艦艇の移転が行われた戦後唯一の事例である1950年代の台湾向け魚雷艇移転について、輸出艇の概要と移転の経緯、日台双方の背景について報告された。当時の安全保障貿易管理制度は現在よりも緩やかだったものの、日本政府の組織的な移転促進は無かった中で、当時の台湾海軍と受注した日本企業間には艦艇造修契約実績があり、旧日本軍の人的基盤に依拠した関係者間の円滑な意思疎通態勢が確保されていたという稀有な状況があったとした。過去の事例から得られる歴史的示唆は、今後の施策への道標となり得るとした。

■テーマセッション
●第1セッションでは「新興技術をめぐる安全保障貿易管理の課題」を取り上げた。

  1. (1) 田中 極子氏より「バイオテクノロジーと安全保障上のリスク」として、バイオテクノロジーの発展の現状と、米国の国家戦略を中心に各国の動向について報告がなされた。21世紀は生命科学の時代ともいわれ、バイオテクノロジーの発展が著しく、いかなる研究もデュアルユース性であることから、安全保障への影響に対する懸念が高まっている。米国は、バイオエコノミーに関する大統領令により、米国内のバイオ製造業を促進する他、バイオセキュリティ・バイオセーフティへの取り組みを促進している。その他、EU、英国、韓国、日本も同様のバイオエコノミー戦略を策定し、バイオテクノロジーの発展に伴うバイオエコノミーの環境構築が急がれている。
  2. (2) 小野 純子氏より「AIと輸出管理-経済安保と不拡散の間で」として、軍事利用において大きな進展を見せているAIについて安全保障上の問題点と今後の方策について報告がなされた。AIにより戦場が一変したとも言われている一方、民生用途として使われる限りは我々の生活を豊かで便利なものにする。このようなDual-use性を持つ技術は規制することが非常に困難である。AIテクノロジーの発展と軍事利用は不可逆であるが、プロモーションを行う側との対話を継続するとともに、行動規範の策定や輸出管理の実現性など国際的にハーモナイズさせたプロテクション(規制)の検討が必要となる。
  3. (3) 土屋 貴裕氏より「量子情報科学技術をめぐる国際的な競争と協調」として、量子情報科学技術の現状と将来について報告があった。国家間あるいは地域間での競争と協調を生み出しているこの分野は国家の未来にとって極めて重要であり、競争と協調のバランスを保つことが技術の進展を最大限に引き出し、国際社会全体に良い利益をもたらす鍵となるとした。国際的なルール形成においては、技術力の不足や独占はグローバルな量子インターネットの構築を妨げるものとなるため、我が国においても、ハードウェア・ソフトウェアの継続的な開発と先端技術の獲得、ならびに他国との協力やルール形成への積極的な参画が非常に重要であるとした。

●第2セッションでは「安全保障貿易管理の最前線」を取り上げた。

  1. (1) 山田 哲司氏より「米国の投資規制をめぐる最近の動向」について報告があった。米国は2018年に成立した「外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)」により対内投資規制を強化してきたが、ここ数年は「対米外国投資委員会(CFIUS)」のリソースを増強し、モニタリングや罰則強化などを含めた執行面にも力を入れていると指摘。また、2023年8月には対外投資規制の大統領令及び規則案を公表して(その後、2024年6月に改訂規則案を公表)特定の先端技術に規制をかける方向に動いており、日本企業はこうした対内、対外投資規制の動きを意識する必要があるとした。この他、欧州連合(EU)の対内、対外投資規制の動きについても報告があった。
  2. (2) 中野 雅之氏より「同志国による輸出規制・制裁の成否」として報告があった。世界の安全保障上のリスクが非国家主体や紛争国から産業基盤を持つ大国に変わる中、安全保障輸出管理は大きな転換期を迎えている。COCOM規制当時は確固たる価値観の共有と厳格な運用が行われ規制の目的を実現できていたが、冷戦終結後に創設された不拡散を目的としたWAでは現在の安全保障上の最大の懸念を払拭することは難しい。新しい形の同志国規制では、世界経済・サプライチェーンの現実から、効果の出る品目に限定し、実効性と公平性を実現することが重要であり規制の成否につながる。今後は、抜本的に規制のあり方を見直し、産業界にとって必要最小限の負担で最大の効果を上げる制度に変えていくことが望まれるとした。
  3. (3) 北川 剛史氏より「対露制裁の迂回と対応」として報告があった。対露制裁は長期的なロシアの継戦能力に打撃を与える趣旨でG7各国と意思疎通し国際協調のもと行われている。一方、Dual-use製品の第三国を経由した迂回輸出が増大している。日本も第三国の団体指定の措置を開始。ウクライナ侵略は、力による一方的な現状変更の試みであり、欧州のみならずアジアを含む国際秩序の根幹を揺るがす暴挙であり、制裁には国際法を踏みにじる国への警告という予防的効果もあるとした。

■閉会挨拶(鈴木会長)

 第38回研究大会も大変有意義な、中身の濃いものになった。自由論題から第1セッション、第2セッションと大変素晴らしい議論がなされたと思っている。これまでできなかったハイブリッド方式で開催するにあたり、会場をご提供いただいた青木先生と学会事務局には様々な試行錯誤も含めご対応いただいた。ご尽力に感謝する。
本日の議論からもわかるように、今後の国際社会において重要な課題を議論する場となっており、これからも多くの方にご参加いただける学会となるよう努めていきたい。皆様のご協力をよろしくお願いしたい。

2024年10月
日本安全保障貿易学会 会長  鈴木 一人




日本安全保障貿易学会 第38回 研究大会プログラム

日時:2024年9月8日(日)
   11:15~11:50 自由論題セッション
   13:00~14:50 第1セッション
   15:00~16:50 第2セッション
会場: 慶應義塾大学(東京/港区)
三田キャンパス 東館8Fホール
東京都港区三田2-15-45

■自由論題セッション   11:15~11:50

(1)石原 明徳氏(防衛研究所)
  「1950年代の台湾向け魚雷艇移転とその背景について」

 司会討論者:  高野 順一氏(日本輸出管理研究所(学会副会長))

■テーマセッション

●第1セッション <新興技術をめぐる安全保障貿易管理の課題> 13:00~14:50
(1)田中 極子氏(東洋英和女学院大学)
  「バイオテクノロジーと安全保障上のリスク」

(2)小野 純子氏(外務省)
  「AIと輸出管理-経済安保と不拡散の間で」

(3)土屋 貴裕氏(京都先端科学大学)
  「量子情報科学技術をめぐる国際的な競争と協調」

  司会討論者: 青木 節子氏(慶應義塾大学(学会理事))

●第2セッション <安全保障貿易管理の最前線> 15:00~16:50

(1)山田 哲司氏(地経学研究所)
  「米国の投資規制をめぐる最近の動向」

(2)中野 雅之氏(CISTEC)
  「同志国による輸出規制・制裁の成否」

(3)北川 剛史氏(外務省)
  「対露制裁の迂回と対応」

 司会討論者: 鈴木 一人氏(東京大学(学会会長))

 

■自由論題セッション

石原 明徳氏 「1950年代の台湾向け魚雷艇移転とその背景について」

司会討論者: 高野 順一氏

 

■テーマセッション
●第1セッション <新興技術をめぐる安全保障貿易管理の課題>

田中 極子氏 「バイオテクノロジーと安全保障上のリスク」

小野 純子氏 「AIと輸出管理-経済安保と不拡散の間で」

土屋 貴裕氏 「量子情報科学技術をめぐる国際的な競争と協調」


司会討論者: 青木 節子氏

 

■テーマセッション
●第2セッション <安全保障貿易管理の最前線>

山田 哲司氏 「米国の投資規制をめぐる最近の動向」

中野 雅之氏 「同志国による輸出規制・制裁の成否」

北川 剛史氏 「対露制裁の迂回と対応」

司会討論者: 鈴木 一人氏