安全保障貿易管理の歴史と背景
Ⅰ 国際情勢と規制内容の変遷
安全保障関連の輸出規制は、国際的な平和と安全の維持を目的とした国際条約や国際的な合意等に基づいて多数の国の協調の下に行われています。したがって背景となる国際的な安全保障環境の変化によって、規制手法、規制内容(規制対象貨物・技術や規制対象国等)等が異なっています。
- 冷戦構造の終焉と地域紛争・テロリズムの増大
東西冷戦構造は、ソ連の瓦解(1991年)により崩壊し、超大国間の戦争や武力衝突の可能性は遠のきましたが、他方、イデオロギーの重しの下に押し込められていた民族自決等の動きが顕在化してきたことにより地域的な紛争は頻発しています。また、東アジアには依然として冷戦構造が残っていることも厳然たる現実です。さらに、2001年9月11日アメリカにおいて起こった同時多発テロは、新たな脅威としての非国家主体も登場してきたことで、新しい時代に突入したことを世界の人々に認識させました。
近年では、通常兵器ばかりではなく、核兵器、化学兵器、生物兵器やそれらを運搬するためのミサイル(以下「大量破壊兵器等」という。)さえも、核の闇市場・ネットワークが存在したように比較的容易に手に入るようになってきており、地域紛争、テロリズムは国際的な安全保障を脅かしかねない問題としてとらえられるようになっています。
- 不拡散型輸出管理の時代
こうした国際的な安全保障環境の変化に伴い、世界の安全保障輸出管理のミッションは、大量破壊兵器等の拡散や通常兵器の過剰な蓄積を防止することであり、しかも懸念国のみならず、非国家主体であるテロリストをも規制対象にしつつあります。
現在、次節でみるように、通常兵器、大量破壊兵器等に関する4つの国際的な輸出管理のためのレジーム(枠組み)があります。これらに基づく輸出管理は、「不拡散型輸出管理」と呼ばれています。
冷戦時代の「ココム型輸出管理」は、東側封じ込め政策の一環として共産圏諸国の十数ヵ国という限定された国々を規制対象とし、西側自由主義陣営の“相対的な”技術優位性を保つことに主眼をおいていたのに対し、「不拡散型輸出管理」は、特定の国を対象として禁輸措置を講ずるものではなく、あらゆる国について懸念のある用途に向けた輸出でないことを見極めること、
すなわち、大量破壊兵器等をこれ以上に世界に拡散させないための、非限定の、ある意味絶対的な規制をその基本としています。このため、従来にも増して、需要者、用途チェックが重要となっています。
- (1) 通常兵器の過剰な蓄積防止と汎用品の通常兵器転用防止
ワッセナー・アレンジメント(The Wassenaar Arrangement:WA)は、東西冷戦終焉後の地域紛争の発生・拡大という懸念に対応するために、通常兵器の過剰蓄積の防止を目的に通常兵器及びその関連の汎用品(いわゆるデュアルユース品)の輸出規制を行うものとして、1996年7月に正式にその発足が合意されたものです。
WAでは、通常兵器の移転の透明性の確保と汎用品の兵器転用防止の観点からの輸出規制を行っています。
- (2) 大量破壊兵器等の拡散防止
大量破壊兵器等の拡散防止問題は、国際社会において解決すべき重要な課題です。
大量破壊兵器等については、核不拡散条約( Nuclear Non-ProliferationTreaty :NPT)、生物兵器禁止条約(The Biological Weapons Convention : B W C ) 、化学兵器禁止条約( The Chemical
Weapons Convention:CWC)が締結され、大量破壊兵器等の不拡散の観点からそれぞれの加盟国が自国の法令によって輸出規制を行っています。
さらに、大量破壊兵器等そのものだけではなく、大量破壊兵器等の開発、製造、使用、貯蔵(以下「開発等」という。)に転用の可能性の高い汎用品の国際的な輸出規制の枠組みとして、原子力供給国会合(Nuclear Suppliers Group:NSG)、オーストラリア・グループ(Australia
Group:AG)、ミサイル関連機材・技術輸出規制(Missile Technology ControlRegime:MTCR)の3つの枠組みがあります。
- (3) キャッチオール規制
大量破壊兵器等の拡散防止のために、上記(2) で述べたような国際的な枠組みがありますが、これらはいずれも大量破壊兵器等の開発等に転用される可能性の高い貨物・技術を規制の対象としています。しかし、湾岸戦争後の国連決議に基づくイラクに対する国際原子力機関(IAEA)の特別査察によって、国際的な輸出規制の枠組みでの規制レベル以下の貨物・
技術がイラクの大量破壊兵器等の開発プロジェクトに利用されていた事実が判明いたしました。こうした事態をきっかけに、米・英・独等においては、大量破壊兵器等の拡散防止を強化するため、国際的な枠組みの規制対象貨物・技術でなくとも、ある輸出貨物・提供技術が大量破壊兵器等の開発等に使用されることを輸出者が「知っている」または「知った」場合に、
輸出許可申請を義務付ける方式の規制が導入されています。
我が国としても国際的な責務を果たすため、2002年4月に従来の補完的輸出規制に替えて、キャッチオール規制を導入しました。
また、2004年4月に採択された国際連合安全保障理事会決議第1540号では、大量破壊兵器等の拡散防止の観点からのより一層の法整備が各国に求められ、わが国ではこの決議を踏まえて、2007年6月から外国向け仮陸揚げ貨物の輸出、仲介貿易取引についてもキャッチオール規制の視点を導入した管理を実施しています。
Ⅱ 国際的な輸出管理の枠組み
現時点における国際的な輸出管理の枠組みとしては、以下のとおり通常兵器関連のワッセナー・アレンジメント(WA)、核兵器関連の原子力供給国会合(NSG)、化学兵器と生物兵器関連のオーストラリア・グループ(AG)、及びミサイル関連機材・技術輸出規制(MTCR)があります。またこの他に輸出管理関連の条約として核不拡散条約(NPT)、化学兵器禁止条約(CWC)及び生物兵器禁止条約(BWC)があります。
- ワッセナー・アレンジメント(WA)
WAは、通常兵器の過剰な蓄積の防止を目的に、通常兵器及びその開発・製造・使用に供されるおそれのある汎用品(デュアルユース品)の輸出管理の枠組みとして、1996年7月にその発足が合意されました。
WAは、米国、東欧諸国、ロシア等日本を含む33ヵ国が創立メンバーとなって設立されました。2012年2月現在は41ヵ国が参加しています。WAでは、輸出の許可・不許可の判断は、基本的には、参加国の裁量にゆだねられています。また、国際的な輸出管理の実効性を高めるため、情報交換(移転通報、拒否通報等)を通じて各国間の政策協調を図っています。
- (1)対象品目:
- ① 通常兵器
- ② 汎用品(その技術も含む)
- イ. 基本リスト(Basic List/BL)
- ロ. 機微な品目リスト(Sensitive List/SL)
- ハ. 極めて機微な品目リスト(Very Sensitive List/VSL)
- (2) 規制対象国
全地域
- (3) 政策協調
以下の情報交換を通じて透明性の増大と政策協調の確保を図る。
- ① 武器 名称・型式を含め移転通報(年2回)
- ② BL 拒否通報(年2回)
- ③ SL及びVSL 移転通報(年2回)
拒否通報(個別に拒否後30~60日以内)
移転通報(他国が拒否したものと同一のものを許可した場合、個別に許可後30~60日以内)
- 核兵器関連
核兵器関連では、核兵器そのものの移譲の禁止、核兵器等の製造等のための援助の禁止等を目的とした核不拡散条約(NPT)があります。国際的な輸出管理の枠組みとしては、原子力供給国会合(NSG)のロンドン・ガイドラインとロンドン・ガイドライン・パート2があります。供給国と受領国とで核兵器転用防止のための措置が講じられない限り核原料物資や原子炉、重水素等の原子力専用物資の輸出を認めないのがロンドン・ガイドラインで、核兵器の開発等にも使用される特定の工作機械や繊維材料などの汎用品の輸出規制を目的とするのがロンドン・ガイドライン・パート2です。
- (1) 核不拡散条約(NPT)
- ① 条 約
- イ. 1970年発効(日本は1976年に批准)
- ロ. 締約国数は190ヵ国(2010年6月現在)
- ② 輸出管理関連
- イ. 核兵器国の核兵器等の他国への移譲禁止
- ロ. 非核兵器国の核兵器等の受領等の禁止
- ハ. 原料物資若しくは特殊核分裂性物質、これらの物質の生産施設等の移転にはIAEA保障措置の受け入れ義務
- (2) 原子力供給国会合(NSG)
- ① NSGロンドン・ガイドライン(1977年発足)
- イ. 枠組み
平和利用目的の核物質等の転用防止が核不拡散の重要な手段になるとの国際的な認識に基づき、また、NPT非加盟国の核拡散を防止するため、原子力専用物資について、供給国と受領国とで核兵器転用防止のための措置が講じられない限り輸出を認めないこととしています。
- ロ. 規制対象国
非核兵器国(一部の規定は核兵器国向け輸出にも適用される)
- ハ. 規制対象貨物(その技術も含む)
- (イ) 核原料物質(天然ウラン、劣化ウラン、トリウム)及び特殊核分 裂性物質(プルトニウム239、ウラン233、濃縮ウラン)
- (ロ) 原子炉、重水素及び重水、原子炉級黒鉛等
- (ハ) 再処理プラント、同位体分離・濃縮プラント等
- ② NSGロンドン・ガイドライン・パート2(1992年発足、1993年実施)
- イ. 枠組み
核兵器の開発、製造などに使用される汎用品を規制対象としています。
- ロ. 規制対象国
全地域
- ハ. 規制対象貨物(その技術も含む)
- (イ) 産業機械(工作機械等)
- (ロ) 材料(繊維材料、ジルコニウム等)
- (ハ) ウラン同位体分離関連機器(フッ素製造用電解槽、レーザー等)
- (ニ) 重水製造プラント関連機器(交換反応塔等)
- (ホ) 核実験関連用装置(X線発生装置等)
- (ヘ) 核爆発装置の部品(中性子発生システム)
- ③ 参加国:46ヵ国(2012年9月現在)
- 化学兵器及び生物兵器関連
- (1) 化学兵器禁止条約と生物兵器禁止条約
- ① 化学兵器禁止条約(CWC)
- イ. 条 約
1992年合意、1997年4月発効(日本は1995年に批准)
締約国数 188ヵ国(2012年12月現在)
- ロ. 輸出管理関連
化学兵器に使用される可能性のある毒性化学物質の移譲等の制限
- ② 生物兵器禁止条約(BWC)
- イ. 条 約
1975年発効(日本は1982年に批准)
締約国数 170ヵ国(2013年4月現在)
- ロ. 輸出管理関連
平和目的のために正当化できないような種類及び量の生物剤、毒素、 兵器、装置又は運搬手段の第三者への移譲禁止
- (2) オーストラリア・グループ(AG)
- ① 枠組み
イラン・イラク戦争における化学兵器の使用を契機として、オースト ラリアの提案により、化学兵器関連の化学製剤原料の輸出規制を合意(1985年発足)しています。その後、化学兵器製造設備や生物兵
器関連資機材に規制対象を拡大しています。
なお、この名称は、このレジームの提唱国であるオーストラリアの名をとっています。
参加メンバーは2012年9月現在40ヵ国+European Commissionです。
- ② 規制対象国
全地域
- ③ 規制対象貨物等
- イ. 化学兵器関連汎用品・技術
- (イ) 化学兵器原材料
亜燐酸ジエチル、五塩化リン、シアン化ナトリウム等
- (ロ) 化学兵器汎用製造設備
反応器、貯蔵容器、凝縮器、熱交換器等
- ロ. 生物兵器関連汎用品・技術
- (イ) 生物兵器原料
日本脳炎ウイルス、チフス菌、炭疽菌、黄色ブドウ球菌毒素等
- (ロ) 生物兵器汎用製造設備
物理的封込用装置、密閉式発酵槽、連続式遠心分離機等
- ミサイル関連
ミサイル関連については、ミサイル関連機材・技術輸出規制(MTCR)でロケット、無人航空機等とそれらの関連資機材等について規制しています。
1987年にMTCRが発足した当初は、核兵器を搭載できるミサイルのみが規制対象となっていましたが、1992年に、生物兵器、化学兵器を搭載できる小型のミサイルにまで規制対象範囲を拡大しています。
参加国は2012年9月現在34ヵ国です。
○ 規制対象貨物等(その技術も含む)
- ① ロケット、無人航空機(システム/サブシステム)
- ② ロケット、無人航空機の関連資機材
- イ. 装 置
推進装置(エンジン等)
航法装置(ジャイロ、GPS等)
- ロ. 材 料
推進薬(酸化剤、ポリブタジエン等)
構造材料(炭素繊維複合材料等)等
- ハ. 試験、製造装置
試験装置(振動試験装置等)
発射支援装置等