安全保障貿易管理とは、国際社会における平和と安全を維持するため、武器そのものを含め、軍事転用可能な民生用の製品、技術などが、大量破壊兵器の開発を行っている国家やテロリスト(非国家主体)の手に渡らないよう、輸出規制を行うことを指します。
その重要性については、インドやパキスタンの核実験、中東を始めとした世界の各地で勃発する紛争や戦争、ソ連邦解体に伴う核流出の懸念などを受けて国際的な認識が高まっています。しかし、より真剣な対応を迫られることとなった契機が、2001年に米国で発生した9.11同時多発テロであり、その後の欧州、中東等で続発した爆破テロ、更には、リビアの核開発とそれを支えた「核の闇市場」の露見でした。
2002年の一般教書演説において、当時の米・ブッシュ大統領は化学・生物・核などの大量破壊兵器を手に入れようとする国家やテロリストを国際社会から排除すべく、対テロ戦争の継続を宣言し、特に北朝鮮など3カ国を「悪の枢軸国」と名指しして、連邦議会に訴えました。国連安保理でも1540決議が採択され、大量破壊兵器やその関連物資の不拡散のための措置が加盟各国の義務となったほか、先進国首脳会議(G8)でも毎年のように不拡散のための声明等が出されました。我が国においても2002年から、従来の規制に加え大量破壊兵器等不拡散のための「キャッチオール規制」が導入され、各企業における自主管理体制の徹底が一層強く求められるようになったのです。
我が国における安全保障貿易管理は、具体的には、外国為替及び外国貿易法(外為法)によって行われています。同法では、規制貨物と規制仕向地が決められており、それらに該当する場合には経済産業大臣の許可が求められます。この時、輸出品目の最終用途や最終需要者などからみて、大量破壊兵器の開発や拡散、あるいは通常兵器の過剰蓄積に関わるおそれがある場合、すなわち国際の平和と安全を脅かす恐れがあると判断されると、輸出が許可されない仕組みになっています。
安全保障貿易管理は一国だけの取り組みでは不十分で、国際的な協調が非常に重要となってきます。特に、我が国は、米国と並ぶハイテク製品・技術の主要輸出国ですから、懸念国やテロリストも、我が国の製品等に注目していると思われます。もし、我が国から機微な製品や技術が流出し、それが懸念国やテロリストの手にわたって大量破壊兵器等が開発・使用されることとなれば、それらを輸出した企業だけの問題には留まらず、我が国の信用は損なわれ、世界の平和と安全に危機をもたらすことになりかねません。ですから、安全保障貿易管理は、わが国と世界の平和と安全を守る上で、きわめて重要な課題になっているのです。
では、国際社会は大量破壊兵器や関連貨物の不拡散という重要課題にどのように取り組んでいるのでしょうか。
歴史的には第二次世界大戦後、対共産圏輸出統制委員会(ココム)と対中国輸出統制委員会(チンコム)が設立され、冷戦構造の下で、西側諸国による東側諸国への厳しい輸出管理体制が敷かれていました。しかし冷戦体制が崩壊し、1993年にはココムも解散されますと、その後の国際社会の関心は、地域の不安定化を引き起こす要因となる兵器の過剰蓄積や、テロリストへの兵器および関連技術の流出に向けられるようになりました。そして、それらの防止を目的に、1996年、ココムに代わってワッセナー・アレンジメントが設立されたのです。冷戦期のココムがその対象を共産圏としていたのに対し、ワッセナー・アレンジメントではすべての国家主体、非国家主体が対象になっているのが特徴です。
ワッセナー・アレンジメントは、通常兵器関連の協定ですが、大量破壊兵器関連のものとしては、「核拡散防止条約」、「生物兵器禁止条約」、「化学兵器禁止条約」が締結されているほか、安全保障貿易管理に関する供給国同士の紳士協定として、「原子力供給国グループ」、生物・化学兵器関連技術の「オーストラリア・グループ」、ミサイル関連技術の「MTCR」などの国際レジームが存在します。
これらの国際レジームでは武器以外に、軍事用にも民生用にも使われる汎用品をその規制対象品目としています。こうした民生品を作る企業にとっては、想像しづらいケースも多いと思いますが、自社の製品が意外なところで大量破壊兵器等の開発に転用される可能性があります。多くの企業が輸出管理への真剣な取り組みを求められるのは、まさにそのためなのです。
例えば、工作機械は核兵器のウラン濃縮に必要な遠心分離機の成形加工に使われる可能性があります。化粧品や自動車の不凍液、シャンプーのトリエタノールアミンは、化学兵器であるマスタードガス等の原材料となりますし、インスタントコーヒーを作る凍結乾燥機は、そのまま生物兵器の製造装置となります。微粉末を作るジェットミルの高性能品は、ミサイルの固形燃料の製造に使われる可能性があり、さらにテニスラケットや釣竿、ゴルフシャフト等に使われる炭素繊維は、ミサイルの構造部材に転用可能なのです。
このように、私たちの身の回りにある多くの民生品は、実は軍事転用可能な製品・技術で溢れているのです。そこでそれぞれの国際レジームでは毎年、新たな軍事転用可能な製品を追加したり、削除したりといったことが行われ、機微製品・技術のリストに漏れのないよう細かな調整がなされています。
国際レジームで合意された結果は、日本において、外為法の政省令(輸出貿易管理令など)に反映され、規制対象貨物等が規定されていきます。それらの対象貨物が規制される理由は、テロリストらを利する等の事情から公開されていないため、産業界にとっては輸出管理に取り組む上でやりにくい面があると思われますが、それでも、法令遵守に向けた最大限の努力が求められます。
現在では多くの企業が海外企業との連携を行う等、海外市場への展開が活発化していますが、それだけになお、機微な製品や技術が懸念国家やテロリストの手にわたらないよう、法令遵守、自主管理について細心の注意を払う必要があります。
万一、不正輸出がなされ、それが悪質な場合には、外為法や関税法違反により、警察の強制捜査が入ったり、逮捕者が出たりして、企業の社会的・道義的責任を問われ大ダメージを受けかねません。厳しい刑事罰だけでなく、外為法に基づき一定期間の輸出禁止という制裁措置が課されることもあります。加えて、包括許可の取り消し、通関上の優遇措置の取り消しによる経済的損失、さらには株主代表訴訟を提起され経営者が責任を問われるおそれもあります。
また、国際法上の問題ではありますが、米国の輸出管理上の規制が日本にも域外適用されていますから、米国が問題視するような米国法令違反の場合には、米国政府によって取引停止、輸入禁止等の制裁措置が課される可能性も否定できません。
いずれにしても、安全保障貿易管理がうまくいかないと、場合によっては企業の存亡に関わる事態になりかねないため、経営トップ自身のリーダーシップの下で、十分な管理体制を構築・運営する必要があります。
仮に、直接の法令違反にならない場合であっても、自社製品が大量破壊兵器の開発に使用されたことがわかれば、社会的・道義的責任を問われることもあります。国内で販売されたもののすべてが国内で消費されるとは限りません。国内で販売されたものでも、そのまま、あるいは他社の製品や技術と組み合わされて輸出される例は多くあります。直接輸出していないから関係ないというわけではありませんし、輸出商社から外為法の規制に該当するかどうかの判断を求められることもあるでしょう。ですから、機微製品、技術に関わる企業は、安全保障貿易管理マインドをよく浸透させておくことが必要でしょう。
現在多くの企業では、厳しいコンプライアンスの下、安全保障貿易管理に取り組んでいます。しかし、経済の国際化や、国際的な人的交流の進展に伴い、中小企業や大学・研究機関も含めた的確な安全保障貿易管理が必要となっています。
ハイテク先進国日本の製品や技術が懸念国等で軍事転用される危険性が身近に存在しているということ、そしてこれは日本や世界の安全保障を脅かす問題に繋がるのだということを十分に理解した上で、政府、産業界、大学等が一丸となって安全保障貿易管理に取り組んでいくことが求められています。
CISTECでは、産業界の皆様の安全保障貿易管理体制の構築や運用に対する支援のため、研修セミナー、出版物の提供、顧客情報等の総合データベースの提供、実務能力認定試験、貿易相談等さまざまな支援事業を行っています。このホームページでも、CISTEC独自の資料・情報だけでなく、経済産業省作成の有益な資料も含めて紹介していますので、最大限ご活用いただければ幸いです。