第25回日本安全保障貿易学会研究大会は、約45名の参加者を得て2018年3月17日(土)に同志社大学にて開催された。自由論題セッションは応募が無かったため、午後のテーマセッションのみで開催された。
テーマセッションでは2件のテーマをとりあげた。第1セッションでは、「日本の安全保障貿易管理の30年 」として3名より報告があった。
まず山本武彦氏より「激震・東芝事件から30年-日本政府の輸出管理ガバナンスの変化を追う-」と題し報告があった。COCOMレジーム下の1987年に発覚した工作機械不正輸出事件が発端となり、安全保障に関する日本企業の敏感性欠如について米国からの厳しい批判に晒されることとなった。米商務省から日本企業向けのCPが提示され、通産省(当時)主導により、産業界における輸出管理ガバナンスが強化された。併せて、産業界の自主管理の強化促進を図るためCISTECが創設され、ICPシステムが積極的に導入された。今後、アジア・太平洋地域の中心的役割の推進のため、例えばASTOP(アジア不拡散協議)の国際機構化も視野に入れた主要関係国の取り込みと東京本部の誘致なども一案として考えられると結んだ。
次に押田努氏より、「CISTECの30年の歴史 -CISTECモデルの発展とそれを支える要因-」としてCISTECの30年に亘る役割・機能の紹介があった。CISTECは上記工作機械不正輸出事件を契機に1989年に設立され、90年代前半はCOCOM型輸出管理、後半は不拡散型輸出管理のあり方を確立し産業界に浸透させた。2000年代に入って米国多発テロ、カーンネットワークの露見、国連安保理決議1540号を受け、更なる自主管理強化の取り組みを行い、2010年代ではシンクタンク機能の強化、チェーサー情報の一層の充実も行いつつ、産業界を代表しての交渉・意見交換を行う有機的な組織に成長し、各国からCISTECモデルと呼ばれるまでになった経緯などの紹介があった。
村山裕三氏からは「日米中の輸出管理の個人体験的歴史 -研究創成期から投影する課題-」と題し日本の輸出管理に関する学問的な動き、当学会の創設の原点の報告があった。輸出管理に関する日米共同研究の開始に際し、1992年に日本側研究会が発足し、93年に日米合同ワークショップが開催された。これを機に中国の輸出に関する日米共同調査等が行われた。途中、日米技術摩擦があったものの、安全保障と経済のリンクが強まることとなった。現在の輸出管理コミュニティの課題として、学界での輸出管理の層は未だに浅く、研究者は現場の知識が薄い、実務者は多くの情報を持つが研究者に伝達しきれていない、政府担当者の入れ替わりなどの問題があり、当学会の設立趣旨、学会の原点を改めて見つめ直す必要がある旨の報告があった。
第2セッションでは「中東情勢・中東に対する輸出管理」として3件の報告があった。
池内恵氏より「トランプ政権と中東秩序の再編」として米国の中東政策に関する報告があった。冷戦後、米国はイラクのクウェート侵攻に対抗する湾岸戦争、9.11事件を契機としたイラク戦争を展開し中東に対する覇権を強化しようとしたが、オバマ政権は中東に深入りしすぎた米国を少しずつ元に戻す方針を採用し、トランプもレトリックは異なるが同様な方針をとっている。この間ISが勃興し、近年はISの領域は縮小したものの、理念は拡散しており、「まだら状の秩序」になっている。その結果、宗派主義の政治が多くなり、イランの台頭、これに対抗するサウジの図式が発生してきており、中東情勢はより複雑になっているとした。
次に今井宏平氏より、「トルコ外交の基軸は変化したのか―2つの柱から3.5の柱へ-」と題し、トルコの中東政策の報告があった。トルコ外交は地政学(西洋、中東、ロシア、民族の側面)の側面と、アイデンティティ(現状国境を最重要視、新オスマン帝国主義)の2面があり、歴史的な経過もあって、EU及び中東外交を重視した2本柱で進めてきた。近年、ロシアに対してはシリア対応で関係が冷え込むも2016年に関係改善を果たし関係を深化させていった。一方、トルコは米国との関係強化を図るも、北シリアでのクルド人に対する対応で関係が悪化してきた。これまでの2本柱からロシアという重要な柱が増え、これにクルド対策を加え、3.5本の柱になっている。2018年もこの傾向が継続するとした。
最後に田中浩一郎氏より「サウジアラビア対イラン-緊迫する両岸関係-」と題し、ペルシャ湾両岸のサウジアラビア、イランの関係とそれが産む緊張関係に関し報告があった。サウジは「ビジョン2030」で富国強兵政策を進め、アラブの盟主を目指している。一方イランはイスラム革命後イスラム色を強く押し出しており、どちらが正当なイスラムの正義かを競うようになっている。この一環としてイランによるシリア内戦介入が進んでおり、イスラエルもこれを警戒している。これらの情勢がサウジとイスラエルの公然の接近を生んだ。これに対抗し、イランは領土を奪われたという歴史的問題を棚上げしてロシアと接近し、ロシアはトルコと連携するなど、サウジの緊張が引き金となってパラダイムシフトが出現した、と報告された。
今回のテーマセッションでは日本の安全保障貿易管理の30年、中東情勢・中東に対する輸出管理の二つのテーマをとりあげたが、それぞれエポックメーキングなテーマであり、多くの側面からの分析が報告された。フロアからも活発な質問・意見が出され有益な研究大会であった。
2018年4月
日本安全保障貿易学会 会長 鈴木 一人
鈴木会長 挨拶
会場風景
日時:2018年3月17日(土)
13:00~15:00 第1セッション
15:10~17:00 第2セッション
会場:同志社大学(京都府)
室町キャンパス 寒梅館 211 号室 (寒梅館 KMB211 教室)
京都市上京区烏丸通上立売下ル御所八幡町103
・テーマセッション
(1)報告者:山本 武彦氏(早稲田大学)
「激震・東芝事件から30年-日本政府の輸出管理ガバナンスの変化を追う」
(2)報告者:押田 努氏(CISTEC 専務理事)
「CISTECの30年の歴史 -CISTECモデルの発展とそれを支える要因-」
(3)報告者:村山 裕三氏(同志社大学)
「日米中の輸出管理の個人体験的歴史 -研究創成期から投影する課題-」
司会討論者:高野 順一氏(日本輸出管理研究所)
(1)報告者:池内 恵氏(東京大学)
「トランプ政権と中東秩序の再編」
(2)報告者:今井 宏平氏(アジア経済研究所)
「トルコ外交の基軸は変化したのか―2つの柱から3.5の柱へ」
(3)報告者:田中 浩一郎氏(慶應義塾大学)
「サウジアラビア対イラン-緊迫する両岸関係-」
司会討論者:鈴木 一人氏(北海道大学)
第1セッション:「日本の安全保障貿易管理の30年」
左より 高野 順一氏、山本 武彦氏、村山 裕三氏、押田 努氏
第2セッション:「中東情勢・中東に対する輸出管理」
左より鈴木 一人氏、池内 恵氏、田中 浩一郎氏、今井 宏平氏