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第36回 日本安全保障貿易学会 研究大会終了

 

   

  日本安全保障貿易学会第36回研究大会は、62名の参加者を得て2023年9月17日(日)に慶應義塾大学にて4年ぶりの対面で開催された。会場ではそこかしこで挨拶が交わされ、やっと正常な姿に戻ってこられたことが実感された。午前の自由論題セッションは応募が無かったため、午後のテーマセッションのみで開催された。

■テーマセッションは2セッションを設け討論を行った。

●第1セッションでは「対露経済制裁の評価(軍事、経済・産業、政治)」を取り上げた。

  1. (1) 西村 金一氏より「ロシア軍兵器とその戦闘への影響」として、軍事的な側面からの分析が報告された。今回の戦争は欧米からウクライナに供与された兵器とロシアの兵器との戦いとなっており、防空レーダー/ミサイルの改良によるロシア軍戦闘機の侵入阻止、対戦車兵器によるロシア軍戦車の破壊、精密誘導爆弾によるロシア軍火砲の破壊など、特に電子戦と精密誘導爆弾等において両国の兵器技術の差が戦場の勝敗を分けているとした。米欧の経済制裁が戦況に大きく影響しており、今後も武器技術を渡してはならないとした。
  2. (2)渡邊 光太郎氏より「制裁のロシア産業への影響」として、経済・産業的な側面からの影響が報告された。戦争と制裁により各企業の実務は混乱させられている。ロシアの製造業は多くの分野において、基本素材を輸出し、高付加価値の素材、部品、設備は輸入して最終製品を組み立てる構造となっている。比較的有力な分野である金属産業でも付加価値が低く、設備、機器、市場で海外依存が大きいとした。このため制裁により現在の生産及び将来計画に影響が出ているとした。
  3. (3)土田 陽介氏より「ロシア経済・金融への影響」として、経済制裁に効果が無いという主張は的外れであり、欧米との経済関係が破綻したなかで中国依存の深化と軍事経済化という構造的変化があり、ロシア経済は単純再生産もしくは縮小再生産に追い込まれるとした。財政的にも悪化しており、金融の面では、欧米日に預託している外貨準備にアクセスできなくなり、通貨ルーブルの脆弱性が強まり、ドルやユーロに代わって人民元の流通が増加しているとした

●第2セッションでは「中国の経済安全保障をめぐる問題」を取り上げた。

  1. (1) 土屋 貴裕氏より「中国の情報保護をめぐる法整備と国際規範の模索」として報告があった。中国は国内外の新型インフラとその基盤であるデータインフラの構築・整備・保護について検討を進めてきている。新型インフラの建設・運用等に関連する国際規則等への参画により自国に有利な国際的規範・制度作りを目指すとともに、国家安全を前提として国内での強制技術移転とデータ囲い込みに関する法整備を進め、「グローバル・データセキュリティ・イニシアチブ」の提唱により米国の「データ覇権とデータ保護主義」への対抗を念頭に置いた国際世論形成とガバナンスシステムの構築を目指しているとした。
  2. (2) 鹿 はせる氏より「標準必須特許(SEP)に関する知財及び独禁法の諸論点」として、禁訴令と独禁法改正の展開について報告があった。禁訴令とは知的財産権、特に標準必須特許を巡る紛争でライセンス条件の交渉の決裂により、ライセンサーが特許の使用の差止めを求める権利行使を行うことを裁判所が禁止する命令であり、日本企業を含む外国の標準必須特許権者に対して頻発されたことで、EU、米国、日本等がWTOで問題化した。近時中国では標準必須特許に関する独禁法下位法令の改正がなされ、さらにライセンス条件の交渉方法に関するガイドライン案が公表されており、日本の標準必須特許ライセンス交渉手引きの改訂と比較して今後の展開に留意する必要があるとした。
  3. (3) 飯田 将史氏より「中国が推進する認知戦の姿」として、三大作戦領域である物理領域、情報領域、認知領域のうち、新興である認知領域における戦いについて報告があった。認知領域における戦いは中国では20年ほど前から重視されている。情報化戦争とは三大作戦領域で同時に進行されるものであるとするとともに、認知領域は情報化戦争の要地であるとしていた。ここ数年、AIや脳科学の進展により次は智能化戦争になるとし、戦わずして勝つために、情報を選択的に加工・伝搬することで判断に影響を及ぼす認知領域作戦に大きな期待を寄せているとした。

■ 閉会挨拶(鈴木会長)

 今回は4年ぶりの対面の会議に多くの皆様にご参加いただき感謝する。また会場をご提供いただいた慶應義塾大学、そしてその労を取っていただいた青木先生に深く感謝する。久しぶりの対面の会議にもかかわらずスムーズに会議を進行いただいたCISTEC事務局に御礼申し上げる。4年の間に安全保障貿易管理の考え方も大きく変わってきた。本日のテーマであったロシア、中国については、経済が及ぼす様々な影響とそれが安全保障にかかわる部分を多様な側面から議論していく必要があることを再確認した。学会では今後、中国、ロシアに関わらず、経済と安全保障にかかわるところで、新しい状況に対応できるような柔軟な発想とヒントになるような企画を進めていきたいと考えている。次回以降もよろしくお願いしたい。

2023年10月
日本安全保障貿易学会 会長  鈴木 一人

 

日本安全保障貿易学会 第36回 研究大会プログラム

日時: 2023年9月17日(日)
   13:00~14:50 第1セッション
   15:00~16:50 第2セッション
会場: 慶應義塾大学(東京/港区)
   三田キャンパス 北館3F大会議室
   東京都港区三田2-15-45

■テーマセッション

● 第1セッション <対露経済制裁の評価(軍事、経済・産業、政治)>13:00~14:50
(1)西村 金一氏(軍事・情報戦略研究所)
   「ロシア軍兵器とその戦闘への影響」
(2)渡邊 光太郎氏(ロシアNIS貿易会)
   「制裁のロシア産業への影響」
(3)土田 陽介氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング)
   「ロシア経済・金融への影響」

 司会討論者: 鈴木 一人氏(東京大学(学会会長))

●第2セッション <中国の経済安全保障をめぐる問題> 15:00~16:50
(1)土屋 貴裕氏(京都先端科学大学)
   「中国の情報保護をめぐる法整備と国際規範の模索」
(2)鹿 はせる氏(長嶋・大野・常松法律事務所)
   「標準必須特許(SEP)に関する知財及び独禁法の諸論点」
(3)飯田 将史氏(防衛研究所)
   「中国が推進する認知戦の姿」

  司会討論者: 田中 極子氏(東洋英和女学院大学)

 

■テーマセッション
●第1セッション <対露経済制裁の評価(軍事、経済・産業、政治)>


西村 金一氏「ロシア軍兵器とその戦闘への影響」



渡邊 光太郎氏「制裁のロシア産業への影響」

 


土田 陽介氏「ロシア経済・金融への影響」

 

 

司会討論者:鈴木 一人氏

     

 
●第2セッション <中国の経済安全保障をめぐる問題>


土屋 貴裕氏「中国の情報保護をめぐる法整備と国際規範の模索」

鹿 はせる氏「標準必須特許(SEP)に関する知財及び独禁法の諸論点」

 

飯田 将史氏「中国が推進する認知戦の姿」

 

質疑応答

 

司会討論者:田中 極子氏